2020.12.06 07:07
- #中東文学
2020.11.10 14:02
第6回 ハヤカワSFコンテストにおいて優秀賞を受賞した、三方行成の話題作「トランスヒューマンガンマ線バースト童話集」が、遂に文庫化されたと聞いたので早速読んでみた。
「ハヤカワSFコンテスト」と言えば、「ハヤカワ・SFコンテスト」を前身とし、小松左京、筒井康隆、山尾悠子など、数々のSF作家がデビューを果たしたSF界の登竜門である。2012年に現在の「ハヤカワSFコンテスト」にリニューアルした後も、柴田勝家、小川哲など、現代の日本のSF界を担う気鋭の作家たちを輩出し続けている。
題名からしてインパクトの強いこの一冊は、私の期待を遥かに裏切る名作だった。
出典:Amazon
表紙を飾るのは、シライシユウコ氏の可愛らしいイラスト。 しかし、もし本編もポップでライトなコメディだと思って手に取ったのだとしたら、読者は想像を大いに裏切られることになるだろう。
「魔女」の技術でトランス・ヒューマンとなり、舞踏会に乗り込む「シンデレラ」。白雪姫の継母の鏡は、やっぱりAIディスプレイ。竹取の翁は竹のカーボンからオルタナティブ遺伝子をハックして、新たなマテリアルを合成することを仕事をする傍ら、カグヤ姫をチャーリーズ・エンジェル級の戦闘美少女に育て上げてしまう……。
子どもの頃から身近な存在であった、セピア色のクラシカルなキャラクターたちは、あっという間にグニャグニャに歪められ、サイケデリックに塗り替えられてしまう。
あの手、この手で繰り出される未来のガジェットの数々や、肉体を捨てたトランスヒューマンたちのギミックは、SF映画50本分くらいのネタが仕込まれているのではないかと思えるほどの凄まじい情報量で、作者の想像力には驚嘆させられるばかりである。短い文章に凝縮された展開のテンポ感は、まさにマッドマックスを思わせる爽快ぶりである。
どの物語も、お馴染みの童話が基調となっているため、物語の結末にはある程度予想がつくはずなのに、トランスフューマンに始まる未来の設定の豪快さと、ハリウッドSF超大作的な急展開の数々に圧倒され「次はいったいどうなっちゃうの!?」と、気がつけばあっという間に読み終えてしまった。
この作品の真髄は、SFファンを魅了する豊富なガジェットだけではない。登場人物たちの価値観や言動が、非常にSF映画的なところも「トランスヒューマンガンマ線バースト童話集」の魅力の一つだ。
未来人たちは、限りなくドライな感覚の持ち主である。無理やり例えるならば、ディストピアを生き抜いてきたブレードランナーのアンドロイドたちのそれである。
この作品を読んで、童話の構造について改めて気付かされたことがある。 絵本に出てくるプリンセスや動物たちには、行動理念が薄弱だった。 彼ら・彼女らは、当然のように王子様と結ばれ、運命を受け入れて月に帰り、勤勉で善良であることを疑わず、努力を惜しまない。 しかし、この作品では違う。 主人公たちには、それぞれの人生が存在し、宿命の中で自身のアイデンティティを探求し、発見する。そう、彼等の意思決定には「童話」ではありえない重みが存在している。
カグヤ姫のお見合いのことを「イニシアチブを取るチャンスだと思え」なんて言い出すセンスには、思わずニヤついてしまった。
6篇の童話を繋ぐのは、表題にもある通り「ガンマ線バースト」。 どの物語でも、「お約束」とでも言うように、地球滅亡の危機が訪れるのである。 そして最終話では、「ガンマ線バースト」の謎が解き明かされ、見事なまでに一つのテーマへと収束するのである。
童話のヒーロー・ヒロインたちは、果たしてどのように地球を救うのか?はたまた救わないのか?それは読んでみてのお楽しみである。
無数に仕組まれたギミック、不意打ちで訪れる哲学的テーマ、宇宙規模の愛。投げつけられる変化球の多さに、SFが苦手な人にはオススメできないかもしれない。 しかしこの本は紛れもなく、極上のエンターテインメントに仕上がっている。
まずは1ページだけでも構わない。是非、手にとって欲しいと思える一冊だ。